- 愛の伝搬:メジロラモーヌ
挫折が全くなく、ひたすらに強い姿を魅せていたな
全ウマ娘と関係者が作り上げる至高のレースを「愛する」と表現する彼女、それ以外には興味は全くない
勝ちではなくレースの愛のために走るから、相手を奮い立たせることも厭わない
メインの話は、引退して運営側から、ウマ娘の「未来」を盛り上げることを選んだルドルフについて
こいつをレースに引きずりだしてこそ「至高」になる
自分のレースの愛で、未来ではない「今」に来て、さらに愛するレースを作り上げたい
俺が好きなシーンは、ラモーヌの愛とトレーナー(一人称)の愛について
ラモーヌが「一番美しい時に散るのが良いならば、散る時を一番美しくする」という、レースへの愛の向き合い方を語ったとき
トレーナーが想わず「いいなぁ」という、トレーナーは走れない
だから本当に全てを捧げ、”レース”自体を愛することはできない
「円環。愛は欠けのない、完璧な円」
「”ここ”から始まり、”ここ”に着く」
「貴方の円を、欠けなく繋げるだけなのよ」
でもそうしたトレーナーの愛が、円を繋げてくれる
良いですよね、想いの伝播
- 掃除
掃除の定義:俺の部屋からモノをなくすこと
1:捨てる
2:物置同然の部屋に置いておく
基本的には片付いている(というか物がない)んだけど、服の整理が一番積んでる
床に直で置いている服、こいつらどうすればいいんだ
茨城というクソミドリで、自分の部屋は多分そこそこ大きいから、マシに見えるけど、部屋の面積が小さかったらゴミ屋敷だな
部屋の棚の上に置かれてる月ノ美兎のタオルやTシャツ(みと夏/未開封)とか見るたびに、やっぱり特に物理のグッズって買う気ねぇわって思う
本棚の漫画も電子派になってから全くラインナップが変わらん、やがて君になる様以外は売って良いな
片付いた後の写真乗っけるか迷うな、現実の写真って情報量多いからなんか致命的な特定とかありそうで載せにくい
- 中華(個人)
母と近所の中華屋に行った
なんか個人経営の店行くのって初かも
音楽流してるとはいえ、狭めで店員=経営者?(チェーンみたいに店員でない)だったこともあって、あんまり料理の不満とか家なさそうだな〜って勝手に思ってた
前行った吉野家の正反対だな、ヒトって感じが
注文:五目チャーハン*2と春巻き、回鍋肉、烏龍茶
思ったより美味い
低価格を求めるならチェーンだけど1000円前半を求めるなら、個人経営も悪くないかも
夜だったので、飲んでる2人組のサラリーマンが中心の客層だった
この店って駅近くでもないので、この辺の中小企業の人なのかなとか勝手に思ってた
新聞読んでるから視点がマクロになりがちだけど、ミクロの視点も捨てないようにしないとなぁ
- 100カノは世界平和を実現するか
2話まで見た
ハーレムもの嫌いだけどまぁまぁ見れたな
青豚(これもまぁまぁ見れるハーレムもの)も見れたのを考えると、ハーレムものが嫌いというより、選択できない主人公が嫌いなんだろうなと思う
恋太郎は「全員選択することを選択した」ので、セーフ?なのかも
全員を愛すって無理難題なのに、それにどうにか向き合おうとするその姿勢が素晴らしい
全員を愛すという行為は、「正しい人間」というものが居たら、常識(?)のようなものとして定着していると思う
ただそんなことは理想論でしかなく、実際は周辺の限られたヒトに愛を振りまく(隣人愛と似た概念なのだろうか)
でもその理想郷を目指して、誠実な姿勢をとことんに選んでいるのが恋太郎
やらなければという義務感ではなく、この理想郷を目指せているところを見ると、全世界の人間が恋太郎のようになったら、真の世界平和が訪れるんじゃないだろうか
全人類が、ここまで(義務感はなく)誠実に皆に接することが出来るなら、それはとても美しいと思う
そうか……………?
全人類が恋太郎だったら、崩壊するだろ
100人分の情報(冠婚葬祭)を何もかも自分ごととして受け止めることになり、情報量がなだれ込む?
ん?これって情報化社会みたいなもんか
SNSやニュースなどの良し悪しなニュースを何もかもを自分のことに感じて、Yahooニュースにそれの反応を書き込む
あ〜そうか、この感情を強化したら、情報に流されて「自分」を思う時間がなくなるのか?
こんな視点で見るもんじゃないだろ