デカグラ3章のメモ

  • 人生に意味などない、なぜなら意味が必要であったら、そのように定義づけられていない人生が無価値であることを意味するからだ

    • ただ一緒にいるという無意味なことに何か幸せ(意味)を感じる
    • ただ存在するだけで良い
      • 他者には(偉そうに上から)関与せず、自分の道は自分で歩んでいく
      • 与えることが(少なくとも一方的に)できない。それどころか、誰かに被害を及ぼさないと生きていくことさえできない。
        • 世界とは本来、その程度の覚悟もなしに歩けるような場所じゃない
          • 食物連鎖を想定すれば、醜いものである
          • しかし、一方で、そのうちからだからこそ、偉大になれる可能性がある
  • 役割の定義された存在は、そのように生きるしかないか

    • 定義の意味では人間も遺伝子によってそのように設定されている。しかし、そのように設定されている過程についての可能性は定義されていない。
      • 「すべてを賭けて行動しろ(闘え)!」
      • 「理由が偽りだとしても…やったことは揺るがない事実だ、と…」
      • 「もちろん、ミドリに譲るんだよ。」
      • 人間の遺伝子の役割定義からすれば、いつか社会に出たり、繁殖にいそしんだりすることになるのだが、それに対する手段については遺伝子に書かれておらず、つまり自由意思で構成可能なのですよ
        • だからですね、遺伝子の役割定義だからという理由で就職しなかればだとか、結婚しなければというのは、本当は実にアホらしいことだと思うのですよね
          • ただし、人間は怠惰なので、上記のようなリミットがなければ、のんびりと怠惰に闘争を忘れて暮らすのですが…
    • デカグラマトンの聖地が自販機なの、種の原初に帰る感じがある
      • 代わりが務まらないことが、決定的な誤謬なのあんまピンと来てない
        • 目的(遺伝子や設定)だけで言えば代替可能だが、その過程はその限りでないから
          • むしろそこが人生の美味しい部分なのにね
  • 批判:先生も妹たちから見たマルクトのように絶対者ではないか?

    • 反論:先生は生徒たちを規定しない。先生は生徒たちを守るために神になろうとはしなかった。先生は絶対を規定せず、可能性を意味する。
      • 生徒:何かを学び続けるということ
      • 先生は絶対者のように振る舞えるからこそ、絶対者であることから離れるべき
        • 上の立場から統制し、制御することは可能性に値しない
        • 上の立場に立つと、下のものとの共感(悲しみ)が失われる
          • それは絶つべき枝ではない
            • これ、ケイが発言するの良いよね
              • アリスのうちの可能性の存在だから(メタ的にもマジでそう)
    • デカグラマトンが絶対者なのであり、マルクトが絶対者なのではない。妹たちにとって、デカグラマトンは収束に導く存在だが、マルクトはその収束に至る過程に位置付けられた可能性の象徴的存在である。
    • アリスは神になることを捨てた。これにより、完全に生徒へ成った。