第三回ですが、きちんと第○回と銘打ったのは初です
多分
第1回:百合が好きって何が好き - Boy10387773Boyの日記
自分が好きな作品を列挙して、なんとなくの傾向を掴もうとしている
第2回:俺が好きなのは百合ではなかった - Boy10387773Boyの日記
百合作品の文脈で負けヒロインを取り上げている
負けヒロインの中に百合CPを見出したという意味ではない
第2.5回:ダメならせめて正直で - Boy10387773Boyの日記
百合漫画大賞1~30位にコメントしている
辛辣に言えば評論ぶれるような文体で気に食わなくなったので今は見れない
だと思っている
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今回の題は「百合において、抵抗感はどこにあってほしいか」です
A「だ、ダメだよ…!わ、私たち女同士なのに……!」がええねん!
B「は?同性愛に対して抵抗感あれって言うんすか?」
コイツの話です
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まず、私の百合好きとして「オールハッピー系」が好きではないというのがある
自分の造語なので説明すると、2人でいれば幸せだよねみたいなやつ
(具体的な作品を書こうとしたがやめた)
今回の題でいうところの、同性愛や女性の当人同士で恋愛することへの抵抗感が全くもって描かれない作品のこと、かつその当人同士の恋愛によって何らかの事象がたやすく解決するもの
("同性愛"と"当人同士での恋愛"で何が違うのか、という疑問があるかもしれないが、ここでは別物と定義します)
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2人で居れば必ず幸せになれる、という妄信で出来た作品だと好みじゃないなと思う
特に2人でいると不思議パワーが発揮されて、なんか上手くいくようなやつ
そんなことなくない?あまりに非現実的すぎない?みたいなことを思う
これの反例を挙げるなら、雨夜の月
難聴のヒロイン:奏音と、それに惚れた主人公:咲希の漫画
(3巻程度しか読めていないので記憶が定かでない)
で、ここで取り上げたいのは、「2人ならハッピー」という描写を真っすぐにしていないこと
一番衝撃だったのは、難聴の奏音に優しく接する咲希の行動は「自分の好意を包み隠している偽善」なのではないか、という疑問符を突き付けてくる点
自分が奏音に優しくできるのは、好意もあるし、ある意味で上位に立ったような立場に入れる安心感も混じっているのではないか、という
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つまり、私の好みとして「百合ジャンルには抵抗感があってほしいんです」という話
B「は?同性愛に対して抵抗感あれって言うんすか?」
違います
「"当人同士での恋愛"には抵抗感があってほしいが、"同性愛"に抵抗があってほしいわけではない」
です。
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私の好きな百合作品って
・私の百合はお仕事です
・(三角形の壊し方)
なんですが、それぞれ「"当人同士での恋愛に抵抗"」がある、ということなんですよね
特に「やがて君になる」は顕著ですね
あのキラーフレーズ
「侑は私のこと、好きにならないでね」
これですよね
自分のことを好きではないから、そういう自分も好きになってほしいとは思わないでしょう、という個性的なフックでありながら、自分嫌いへの共感というフックにも掛かっているという設計、素晴らしい
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ほかにも
「私の百合はお仕事です」は、幼いころに「嘘」や「裏表」の行き違いから喧嘩別れした大嫌いなアイツへの抵抗感だし、
「三角形の壊し方」は、学生時代に好きで、でも神隠しで行方不明だったあの子が、7年後の今になって「7年前と変わらない姿で帰ってきた」という埋められない懐古への抵抗感に好きなポイントがある
抵抗感のポイントは「同性愛」にあって欲しいわけではない、です。
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この辺から多分蛇足なんですが、そもそも「同性愛に抵抗感があっても面白さにフックを掛けられない」と私は思っています。
おもしろさのフックって大まかに2つあって、「共感」と「意外性」です。
登場人物のこういう感性に共感するなぁが前者
このキャラはこう思うのか/こう行動するのかが後者です
で、百合をちびちび嗜んで来てる人なら共感を得られる気がしているのですが(書いてて思ったけど、この文言の卑怯感やばいな、選民している気がする)、同性愛に抵抗感があることを(メインの)フックに持ってくる作品って別にそそられない気がするんですよね
昔かジャンル入りたてなら「意外性」フックに掛かったかもしれないんですけど、百合でイチイチ検索かけたり、こんなブログを読み込んでるくらいなら、その同性愛描写を「意外」とは思わない気がするんですよね
ではもう一つの「共感」なんですが...
え~、言いずらい(あまり言及しなくてもよいことをここで明文化する)んですが、
私は男性で異性愛者なんですね
で、ですね、同性愛に抵抗感がある描写を見て、
共感
しますか、という話です、はい
一部の作品は女性読者目線で、女性自体への生きずらさにフォーカスを置いて、「共感」の面白さに持って行っているものはいくつか見るのですが、私は男性なので、そこのフォーカスに入れない(入らない)んですよね
(浅くしか見れてませんが、"私の推しは悪徳令嬢"や"転生王女と天才令嬢の魔法革命"あたりはこれなんじゃないかなぁと横目で見ています)
だからですね、
A「だ、ダメだよ…!わ、私たち女同士なのに……!」がええねん
って声がどこにあるのかさっぱりわからないんですよね
(同性愛である当人なら尚更じゃない?)
Twitter開けば、百合のことを語るオタクなんて嫌というほどいるというのに、そんな百合の一手目みたいなフックをメインに下げて、ウケてる作品がどこにあるねん、って思う
現実の男女関係が嫌だからって、逃避として女女を眺めている男オタクがうようよいるでしょ
改めて明言すると、男サイドの大抵の動機である「男女関係に希望を持てないから百合に希望を見いだす」で止まってたら、コンテンツへの姿勢が消極的動機でつまらなすぎる(大半の百合はここで止まるのが大変気に入らない)ので、反転した積極的動機を持ちましょうねという話
— kou (@Boy10387773Boy) 2024年3月30日
なぁて
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え?わたなれは同性愛に抵抗感がフック?
う~ん、あれは...どうなんすかね
男女ラブコメの大罪フォーマットを女女に持ってきた構成だけど...
今度映画見に行きますけど、百合作品というより、百合コメディだと思います
1巻の真唯、半分強○だと思ってるので、アイツがメインヒロイン顔なのあんま理解できないんですけど、世間的にはどういう見方なんですかね、どう思いますか?
(わたなれへの文句で終わってしまった...)
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書き忘れてた
俺の持っている「オールハッピー」への抵抗感って、それでも同性愛への抵抗感の一部として発露している側面がないとも言えないのかもしれない
昔、大学の古典で女女の関係性について学んだけど(?!)、どうしても作品の特にラストは時代感を反映している側面があったという
最後は2人で自死とか、世間から逸脱しているから、最後には悲劇的になるんだぞ、という描き方におのずとなってしまうみたいな
悪役が改心してしれっと味方になってなんか許されてる、よりも悪役が改心したものの最後には恨みを買っていたやつからグサリとやられた方が罪との釣り合いがとれてスッキリするよね、みたいなことが同性愛に適用されてしまっている、という...
だから、つまりですね、別にオールハッピーだろうが2人でウンウン悩んで上手くいかない陰鬱よりなものだろうが、両方フラットに楽しめる方が良いですよね、ということを最後に書いておきます