自分で遊んでほしいゲーム、とは

今日も魔法少女魔女裁判、内容については触れられない

てか、本当にこの内容実況すんのか?まぁ調べたら新人の子がしてるしいいか

(すみません、早乙女ベリーさんは1周年を迎えており、新人の子ではありませんよ。)

 

新人の子(頑な)を調べるついでに、今までプレイした範囲で気持ちいいところや自分のとらえ方があっているのが疑問なところを見に行った、ゴミカスでした、そんなものを見に行こうと思った俺が

自分の感性が正しい(メジャー)のかどうかを、コメントを見て安心しにいったんです

あまりにもふざけた行為だと思います、せっかく閉じたゲームという空間なのに現実世界の意見をチラチラ見に行ったわけですから

映画館で「あれこういう意味だと思います?」って隣の客に聞くのと一緒、黙ってエンドロールまで画面見てろよ

 

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魔法少女魔女裁判やってて、今のところ「自分でプレイしてほしいゲームだな」って思った

都市伝説解体センターと一緒のフォルダにいる(今のところ)

 

でもよお、「自分で遊んでほしいゲーム」って一体どういうことだ?

ゲームは自分で遊ぶもんだよなぁ?

それを実況者のただ乗りだとか、コメントという他の意見があるところで摂取すんのかぁ?

 

それは感性100%で感覚的に「楽しい」を感じられるようなものでやるべきだよなぁ?

俺はよくこれをジェットコースター的だとか言っている

 

実況を見ても構わないなと個人的に思うのは、見てなお自分のやる意味があるもののこと

ADV系でやるものではない、本当はね(いえ、私も普通に見ているので見ているひとが悪い気になる必要はありません)

 

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書いてたら満足してきたな、つまり私の主張の根はここまでのどこかにあるということだな

  • 黙ってエンドロールまで孤独にゲームに向き合ってください
  • 「自分で遊んでほしいゲーム」という単語が(特にADV系で)異質、感想を他者(実況者・ひいてはコメント)に任せることになるから

 

そうですね、ある1ゲームの体験と感想すら社会交流の中に飲み込まなくていいんじゃないですかということだな

ゲームに金を払わない代わりに、感想が自分のものでなくなってしまうのであれば、そちらの方が何か高くつくように感じる

 

 

なんか最後に、プレイしながら考えていた「魔法少女魔女裁判と都市伝説解体センター、ソシャゲなど、最近のゲームに対するある説教」をここに書きたくなったがやめておきます、せめてクリアしてからにします