肯定

 

先日と似た内容になる。今日は大学に行った。おそらく本当に最後、共同研究先と最後の会議をしてきた。Kくんに「挨拶しないの」みたいなことを言われたが気のりしなき。そこで、前の学校の時に黙って居なる理由がフラッシュバックする。どうせ役に立ってないだろう・いなくても同じだろう(後者は今日も言った)と思っているからだ。私は何かをしたと肯定的に思うことがない。中学の時は部活の人に言ったが、それ以外のクラスの子たちには言わなかった。いてもいなくても同じだと思ったからだ。私の後ろに足跡はなく、虚無があり続ける感覚。

私はこれから約1か月、実質無職の期間になる。そんな中で衣食住が満ち足りていることに、悩むしかない。私はただでさえ虚無なのに、とうとう何もしないのか。

私が自身を「何かした」と認める時はおそらく来ない。何か偉大なことをなしたとしても、「自分の中では当たり前のことをしただけだ」と言うに違いない。スポーツ選手とかが言いそうだが、おそらくこれは謙遜ではなく、何をしても満たされた感覚がないんじゃなかろうか。ストイックとは違う。ストイックは満たされた状態を「次」で押し上げる。私はそもそも、満たされていないのだ。

私はそこそこ良い時給で研究をしてきたけれど、この満たされないことを考えると、レジでたまに客のおばあちゃんから「ありがとうね」とか言われた方が良いと思う。私は自身がしたことを満足できないから、過去は虚無と化してしまう。今を過去として固定化するには、誰かに肯定してもらうしかないだろう。