飲み会:レモンサワー2杯でフィニッシュ
思ったよりは楽しかったけど、やっぱり目上の人を立てる行動にマジで慣れてないな、無自覚にノンデリしてないか不安になる
サラダをよそうとか、肉を焼くとか、話の相槌を打つなどで貢献ポイントが設けられてたら最下位の自信がある、なんか余計なことしたら嫌だなって行動できん
あと皆さんにとっては当たり前かもしれないが、よく話す人って自分から話すんじゃなくて相槌の上手い人だ、そのままほぼ同じ内容を復唱するみたいな
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ついに哲学に手を出し始めた pic.twitter.com/bsPZxt0qtT
— kou (@Boy10387773Boy) 2025年1月22日
哲学がおもろい、ついに手を出すのか...
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昨日の「何を学ぶ?」についての後半部分を考えていたら、哲学・論理学・物語工学の中心部分にちょうど「構造主義」がいる気がしたので触れて見ている

構造主義とは...
GPT:「世の中のいろいろなものには、表面・見た目や内容の違いとは別に、『共通した仕組み』があるかもしれないので、それを探る」という考え方
本の中:我々はある時代/地域/社会集団に属しており、それらによってほとんどの感性と思考が決定される。(ここでは操作されているというより、限定されているという意味?)
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構造主義というと「個々の動きは無視して、背後の属性的なものを捉えようみたいなこと」だと思っていたので、そこが不安だった。目の前の人間を無視し出しそうな嫌な感じ
構造主義の欠点(GPT):個人の主体性や変化の軽視。構造に焦点を当てるあまり、個人の自由意志や創造性、社会の変化や革新といった要素が十分に考慮されない。
では何故、ここに構造主義の入門書がここに存在するのか? 構造主義を学ぶことによって個人の意思を無視し出すのであれば、無知の代表である初学者を無視しだすのではないか?
この本のまえがきには「専門書という名の内輪ノリ」ではなく「私たちの知らないことから出発するのが入門書の意義だ(本書はそれにあたる)」と述べている。これを聞いて安心した、構造主義の行き先に個人意思を尊重するという前例である作者がいるからだ、非常に安心した、これになりたい。
ちびちび読んでいるが面白い、マジで面白い
自主的に読むものってこんなに面白いかってくらい面白い
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構造主義とはちょっと違うものを取り上げるけど、劇についての話が物語工学(?)的に気になった
「理想的観客:ギリシャ人の悲劇のコーラス(コロス?)は舞台上の人物を実在の人物と見なすことを強いられている」

劇の解釈を、劇の一部である合唱隊が映してくれて(しまって)いるものらしい
今wikiを見て全く一緒のことを思ってて、俺が考えていたのは、
つまるところ現代における「劇中劇」は、劇の中に観測する観客を設けることでそのような理想の反応を演出されて感情移入がしやすくなり、理想的観客を演出しやすいのではないかって話
これは背後にスタァライトとかAve Mujicaあたりを想像している
劇中劇化することで、見るべき次元が画面よりも一個奥へ行ったような感覚になり、のめり込ませやすい(無関心状態の観客を作り出さない)
テレビの一般観客が反応をスタッフに「作り出されている」のもそのあたりなのではないか?そうすると、催眠商法もそうか...?
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考えることが尽きない!
面白い!