エンタメ業ってかなりナマモノというか感情的なものを売るから、持続可能じゃないよなぁと思う。特に作品でなく人間自身を評価されるものなら、なおさら。それを消費する俺は加害者だと思う
だから人間そのものの評価したくないよね
その人と俺が気が合う(合いそう)ってだけ
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今日、朝食食って午前から頑張ったら凄く良かった
朝食って食べた方がいいらしい
ベンチャーのバリバリ働いてる人がものすごく食ってるのを見て、まぁちゃんと燃料入れた方が動きやすいわな...ということを思い出した
俺のおすすめは、すき家:牛まぜのっけ(400円) + 季節小鉢(100円)
松屋よりやや高いが、色々くれるのが良い
あとは、パンの気分ならドトール:ハムタマゴサラダ/ドリンク(450円)
みんなもいっぱい食って、いっぱい動こう
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あるドラマの初回冒頭がリビングで流れてた
「家政婦なのに男性って…」
「(WEBライターに対して)パソコンばっかり触って…」
などの小言を言ってて、時代に即してないなぁ…と思った
のだが、この考えは8割くらい間違っていて、こういうあからさまな要素はおそらく終わりまでに覆される要素に思える
例えば、男性の家政婦でもバリバリ役立つとか、男性ならではの視点を効かせるとか…
つまり、何が言いたいのかというと、物語内の悪とわかりきっている表現を、まだ途中なのに「この物語はこの表現を善としているのか!」と、その場で判断してしまう体になってしまっているなと
そしてそれは、普段食べてるコンテンツが常に正しいもの(視聴者を不快にしないもの)で漂白されたものばかりになっているんだなと思った
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俺は今、若干迷ってる
土日祝・そして平日、新しい何かを求めて探したりしている(つもり)なのだが、触れた後にイマイチだったな…と、対価に対するリターンとしての満足が不十分な割合が結構ある
注釈:これは冒頭よりも前に書いた、こういうのにはnot for meを使いこなしたい。ところでこの文章は誰への言い訳なのですか?誰に評価されるのを怖がっているのですか?
そこで、1つに「ズブり」と肩まで浸かった方が幸せなのではないか…と
はい、選択疲れというやつですね
そして、そういうヤツに「コンテンツIP」というのは強力に働く
浸かっちゃっていいんじゃないか、「蓮」に…
普段月1~2で見ている魅力的なキャラが、他の日常を見せている動画を見るだけで、一定の幸せを得れる、あの感覚
もう1年熱中しまくってるから当たりも当たりだろう
何なら、Youtubeの実写声優にまで足を伸ばしたら、もうコンテンツに困らんだろう
いやしかし…
だが、それは停滞でもある…
もっと別のものに手を出すというか、挑戦し続けないと精神が老害ジジイになる…
徒町
俺はここだ、助けてくれ(徒町チャレンジ)
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