過去は既に捨てられていた:Mygo(再)

日記ってもっと適当に書いて良いらしい

日々重要なことを書いておくとかどうでも良いらしい

忘れても良いらしい

 

1日の最後に心に残った大事そうなものを掬い取るように書けば良いらしい

 

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Mygoを再履修していた、Aveの予習として

いや正確には今は10話終わりで書いてるけど

 

今書いているのは何故かというと、前にMygoについて

「未来に向かうことは、過去を捨てることか?」

というような題で書いた気がして、それにもう少しの修正を加えたいなと10話を見て思ったから(余談:かっこ内の題もこんな感じだったか正確でない、でも今の自分がそういう風に記憶しており、"それ"に対して修正を加えたくなったからそれで良い)

 

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長い前置きだった

訂正したいのは「過去を捨てた」の部分

 

結論から言うと「過去は既に捨てられていた」ということ

それに対して、"今"の我々ができることは、「未練を残して、どうするか」だけということ

 

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長崎そよは8話から10話に渡って、「CRYCHICに戻りたい、でもそれは不可能である」ということを思い知らされる展開が描かれた

 

大雑把に言うと、

8:春日影で傷つけた祥子に謝りに行くも、バッサリと無理だと告げられる

9:ヤケクソ無視

10:ステージに引きずられる、過去を「捨てさせられる」

このような感じ

 

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特に長崎そよを追い詰めた(?)、10話で泣きながら演奏するしかない部分

9話でバンドに対してヤケクソになったり、無気力になったみんなも、今はステージで弾いている、という結論を出している

 

過去に対する未練は散々残ってる

特に元CRYCHICの2人は、そんなもの知ってる

 

長崎そよが怖かったのは、未来のために自らの手で完璧な過去を「捨てる」ことだった

ぐちゃぐちゃになかったことにすることだった

蔑ろにすることだった

 

でも、高松燈の詩は過去への未練ばかりだ

初めに聞いた時は、次のことをではなく過去を詩うの矛盾していないか?とさえ思った

だが、良く聞いてみれば「過去の未練を、今を始めるために詩う」曲だ

 

過去を蔑ろにしたい訳じゃないことが伝わってくる

過去を今に変えたいんだ

 

過去はただ「捨てられてしまったもの」でしかない

既に過去だから、今から取り戻せるものではない

でも、解散しかかっている僕らは今で、取り戻せるのも今しかない

だから今を詩うしかない

 

 

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すみません、全く論理的でない(わかりにくい)説明な気がする

 

でも、Mygoが集まるのって本当に非論理的で最高なんですよ

再結成の理由に本当に理由がなくて、面白い

 

 

こういうメモも取ったけど、本当に理由らしい理由がなくてサイコ〜〜〜なんですよ

こんなメモしただけのデータ、何も言っていないのと同じだから

で、これをメモした人間は「何が言いたいの?」が言えなきゃ、全部が無意味

 

論理を考えた上で感性に従うのが最高だって、柚鳥ナツも言ってた

 

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ウダウダ言ってたら満足したな、11話からとAve予習用の気づきは明日でいいや

 

知ってるアニメを何回も見返す方がオタクみたいなやつ、あるよね

どうせポジショントーク(自分を正当化するために論じられているもの)ではあるが、一つを極めるという意味では正しいと思う

 

・日記要素

GPTで料理回をした

玉ねぎとジャガイモのコンソメスープ(ほぼ煮るだけ)

タラとほうれん草のホイル焼き 明太マヨ添え(タラと明太子が余ってたから)

 

火力出るトースターでタラをアルミホイルで包み焼きしたんですけど、水が出て全然熱入らなかった、何が正解だったんだ?