表面的な善意でお前を

現実世界が上手く行かないので、映画の世界に逃げることにしました

映画の世界は1.5時間で入り込めるのでいいですね

 

全く退屈しなかったな、インパクトのある展開を任せたらコイツみたいな枠なんだろうな

 

 

 

冒頭30分たっぷり使った醜悪的な前置き

からの急な明るい教師、冷笑すぎ

 

〜〜〜

 

如何に、学校が世界が狭いかを知る

だってこれ、前担任の狂言なら、母は死んでいないだろう

 

いとも簡単に大学に入り、荷物を置く

それが出来たのか

いや、それはしなくてもいいだろう

生徒への復讐が目的であれば、そんなことをわざわざ実行に移して、自分を天秤に掛ける方が酷だろう

 

実際は、前教師の狂言で、苦しめるための嘘でも通用する

更生を始めるため(実際はそうではないと思うが)なら、自分の行動で「そうなる余地があった」と知らしめるだけで良かった

現に牛乳に血を混入させていないし、していたとしても感染する確率は零に等しい

 

 

なら、何をさせたかったのか

その情報により、苦しめたかった

情報で人は簡単に動きうる、苦しみうる

実体験でない情報にもかかわらず、だ

 

実際に起ったこと、なんかよりもその情報を受けてどう考えるのか、どう動くのか、そっちのほうが重要である

 

 

前教師の夫は血を抜かせなかった

いくら悪の心があっても、実際の行動に移してはいけないから

だから、前教師は直接的な行動(殺人だとか、感染だとか)は起こさなかった、新教師への「アドバイス」だけだ

表面的な善意で殺すことに専念している

 

(せっかくなので書きますが、この日記も善意で殺すために書いています。「今日はこんなことを得ました」と発信するだけで苦しむ人類がいると思うと、自分の中のわずかな(?)醜悪さが喜んでいます。ピンと来た方は俺の喜びのために、読み続けてください。ピンと来ない方は是非読見続けてください、お前を苦しめるために日記を書き続けたい、動力源は恨みです。)

 

 

別に舞台が学校だったから極端なだけで、日常生活はすでに情報で構成される

日々、Twitterを眺めてそれに一喜一憂する

いかにその情報を受けて行動を本気にするか、だと思う

 

(この映画の感想として、どうなんだ?とも思う)